度重なる自然災害をテレビなどで拝見するたびに心が痛みます。

常に変化しないものは一つもない。

人生は無常」というのは本当のことなんだと知らされます。

いつ何が襲ってくるかわからない。

いつ何が壊れてゆくかわからない。

形あるものは必ずいずれ無くなってしまいます。

思い通りにならない人生の生きづらさを感じるところであります。

親鸞聖人がお隠れになる前(生前)にも、自然災害で多くの方が亡くなってしまった時がありました。

三部経の千部読誦

当時、親鸞聖人が通った関東の各地で雨乞いをされていたようです。

飢饉によって餓死される方が大勢いらっしゃったのでしょう。

そのような悲しい光景を目の当たりにされた親鸞聖人は、

「せめて、三部経を千回読んで人々を救いたい」

という心持ちで三部経の千部読誦を始めたのですが、わずか四、五日後に自らの信仰において相応しくない行為であることに気づいて中止されました。

その時の様子が親鸞聖人の妻である恵信尼様のお手紙に残されております。

恵信尼消息

この十七八年がそのかみ、げにげにしく三部経を千部よみて、すざう利益のためにとて、よみはじめてありしを、これはなにごとぞ、〈自信教人信 難中転更難〉(礼讃 六七六)とて、みづから信じ、人を教へて信ぜしむること、まことの仏恩を報ひたてまつるものと信じながら、名号のほかにはなにごとの不足にて、かならず経をよまんとするやと思ひかへして、よまざりしことの、さればなほもすこし残るところのありけるや。
(中略)
三部経、げにげにしく千部よまんと候ひしことは、信蓮房の四つの歳、武蔵の国やらん、上野の国やらん、佐貫と申すところにて、よみはじめて、四五日ばかりありて、思ひかへして、よませたまはで、常陸へはおはしまして候ひしなり。

南無阿弥陀仏一つに救われる念仏者のすがた

人を救いたい」という美しい心を人間は持ち合わせていると災害時などに感じることがあります。

ボランティアや募金など、「とにかく協力したい」という思いが私たちを動かします。

しかし、どんなに助けたいと思っていても思い通りに人を救うことはできません。

そのような私たちを南無阿弥陀仏一つですくうとお誓いになられた阿弥陀さまがおられました。

私が亡くなられた方を供養することよりも、すべての命を見捨てない仏様へのご恩に報いるのが念仏者の生き方なんだと知らされます。

命の終え方を選べない私だからこそ、今、お救いくださっている阿弥陀さま

親鸞聖人は88歳という高齢の時に激しい内容のお手紙を残されております。

親鸞聖人御消息

なによりも、去年・今年、老少男女おほくのひとびとの、死にあひて候ふらんことこそ、あはれに候へ。
(中略)
まづ善信(親鸞)が身には、臨終の善悪をば申さず、信心決定のひとは、疑なければ正定聚に住することにて候ふなり。さればこそ愚痴無智の人も、をはりもめでたく候へ。

去年、今年にあらゆる方々が命を終えたことは本当に痛ましい限りです。

しかし、どのような命の終え方をしても、阿弥陀さまより御信心を賜っている人はすでに救われております。

愚かで智慧のない人も、間違いなく救われるのですから尊いことです。

いつ命を終えていくかわからないし、どんな災害に遭遇するか誰もわかりません。

そのような私に南無阿弥陀仏の仏様はすでにおはたらきでありました。

不安な世の中だからこそ、決して私を見捨てない仏様がおられることを支えに人生を全うしたいものです。