【小欲知足】有っても無くても悩む人生だからこそ大切にすべき考え方

有っても無くて悩む。どこまでも満足できない私と知らされる

浄土真宗とは、『仏説無量寿経』という経典が根本の教えです。

そこには、阿弥陀さまのお救いが説かれております。

そして、阿弥陀さまが放っておけなかった私のすがたが説かれております。

その内容は、2500年前に説かれたと思えないほど今を生きる私たちが共感できる内容ばかりでありました。

田あれば田に憂へ、宅あれば宅に憂ふ。牛馬六畜・奴婢・銭財・衣食・什物、またともにこれを憂ふ。思を重ね息を累みて、憂念愁怖す。

田があれば田に悩み、家があれば家に悩みます。牛や馬などの家畜類や使用人、また金銭や衣食、日常の品々に至るまで、あればあるで憂え悩むのです。それらのものについてとにかく心配し、何度もため息をついて嘆き恐れるのであります。


貧窮・下劣のものは、困乏してつねに無けたり。田なければ、また憂へて田あらんことを欲ふ。宅なければまた憂へて宅あらんことを欲ふ。牛馬六畜・奴婢・銭財・衣食・什物なければまた憂へてこれあらんことを欲ふ。

貧しいものや身分の低いものは、いつも物がなくて苦しんでおります。田がなければ田が欲しいと悩み、家がなければ家が欲しいと悩みます。牛や馬などの家畜類や使用人、また金銭や衣食、日常の品々に至るまで、なければないでまたそれらが欲しいと悩むのであります。

物に振り回されて生きる私たちの姿を鮮明に教えてくれているようであります。

とにかく心配し、ため息を吐きながら日々を過ごすのが私たちの姿です。

先に挙げた『仏説無量寿経』に、次のように説かれておりました。

田あれば田に憂へ、宅あれば宅に憂ふ。牛馬六畜・奴婢・銭財・衣食・什物、またともにこれを憂ふ。思を重ね息を累みて、憂念愁怖す。

土地があれば、土地のことで悩みます。

家があれば、家のことで悩みます。

経済的に恵まれており、衣食住に困ることがなくても、不安に陥り悩み続けます。

そして、ため息をついて、心配することがなくなりません。

まさに私たちのすがたそのものですよね。

現状には決して満足せずに、「もっと欲しい。もっと欲しい」と悩み続けておりますよね。

それが悪いことではありません。

しかし、そうやって悩み苦しむのではなく、「足りていることを知る」ことも大切なのではないでしょうか。

【小欲知足】心豊かに生きるために大切な考え方

仏教では、「少欲知足」という言葉があります。

文字の通り、「少欲にして足るを知る」ということであります。

「少欲」というのは、「欲望を少なく努めましょう」ということでありますが、欲望が大きくなっていることを人間は気づけませんから非常に難しい実践でしょう。

しかし、続きの「知足」という生き方ができれば、心豊かな人生を歩めるのではないかと思います。

「足りていることを知る」ことです。

私たちの欲望は限りがありませんので、「足りていること知らない生き方」をしてしまいます。

「決して現状に満足せず、次々に欲望を満たそうとする生き方」です。

「足りていることを知る」ことによって、「自分が恵まれていること」を気づかせていただき、周囲の方々への感謝の気持ちを持って生きることができます。

僕は、お坊さんとしてお参りしている時に、出会う方々の優しさがそのことを教えてくれました。

「現状に満足しちゃいけない!!」

そうやって生きていたのですが、

「恵まれているから現状があるんだ!!」

という気持ちに変えていただきました。

忙しい毎日の中で、「足りていることを知る」生き方を共に大切に歩ませていただきましょう。

浄土真宗の勉強ができる素敵な本を紹介します