恵まれていたことに気付く人生は、私が前向きに歩く力を与えてくれる

すべての方が違った価値観を持ち、育まれながら人生を歩みます

人はオギャアと生まれてきて、それぞれの方が、それぞれの経験を重ねていきます。

全く同じ人生を歩んできたという方は一人もいません。

そうすれば、価値観もみんなバラバラですよね。

物事の捉え方も人によってバラバラですよね。

同じ仕事を任されても、「面倒臭い」と思われる方がいれば、「有難い」と思われる方もいらっしゃいますよね。同じ言葉をかけられても、人によって受け取り方は様々です。

「ありがとう」と言われて、「はいはい」と、お礼されるのが当たり前のような方もいます。「こちらこそ有難う」と感謝に生きる方もおられます。

人の見方も、人によって様々です。

決して若い人の言葉を聞こうとしない人もいます。

年齢の関係なく、平等を大切にされる方もいます。

相手の肩書きを、相手の人格そのものよりも大切にされる方もいます。

それぞれの方が、それぞれの価値観の中で、それぞれの悩みを抱えて生きていくのが、今、私たちが歩ませていただいている人生というものですよね。

恵まれていたと知らされる人生が前向きに歩ませてくれる

それでは、皆さまは、どのような生き方が理想的でしょうか?

日本に生まれた限り、道徳的な文化が刷り込まれていますから、「誰にでも優しく」、「感謝の気持ちを忘れないように」という生き方が正しいというのが、常識のようになっています。

でも、本当は答えのないものですよね。

誰にでも優しくすることで危険に巻き込まれる環境も世界には存在します。

人に優しくすることが、自分の命が脅かされる環境ならば、私たちの価値観もまったく別物になっていると思いますよ。

例えば、日本で学ぶ道徳的な文化も無くなり、感謝の気持ちが大切とは思えなくなるのではないでしょうか。

そもそも、感謝の気持ちとは、持とうと努力して持つものではないですよね。

本当に自分が苦しい時、誰かに助けられたり支えられたりした時に、自然と湧いてくるものだと思います。

つまり、持つものではなく、湧いてくるものですよね。

そうして、助けられていると気付かされた時の感謝の気持ちとともに、「私は恵まれていたんだ」という心豊かな気持ちが芽生えるのではないでしょうか。

この、「私は恵まれていたんだ」という気持ちが、心の支えとなり、日々の生活を心豊かにしてくれます。

そんな生き方をしていきたいですね。

嫌なことがあった時も、家庭内が地獄のように辛いものであっても、そう思える生き方が、心を少しでも楽にしてくれるのではないでしょうか。

そのような心を与えてくれるのが浄土真宗というみ教えであります。

恵まれた救いの中だからこそ、今をより尊く歩ませていただける

本当に辛く苦しい時、「あなたの苦しみ、つらさは全部わかっているよ」、「決してあなたと離れないよ」と、「南無阿弥陀仏」の声となって、私を包み込んでくださっている阿弥陀さまです。

本当にしんどくてしんどくてどうしようもない時、究極な状況に追い込まれている私にただ一人、阿弥陀さまは寄り添ってくださっています。

人間の世界では、かならず別れがやってきます。しかし、阿弥陀さまは、そんな私といつも一緒です。

誰もが違う生き方で、価値観もバラバラな中で、唯一の同じものがありましたね。

阿弥陀さまのすくいが届いているという、決して変わらない真実がありましたね。

そんな、阿弥陀さまのすくいを恵まれている現実のもとに、ともに浄土真宗のみ教えを聞かせていただく生活を送らせていただきましょう。

浄土真宗の勉強ができる素敵な書物を紹介します