『仏説無量寿経』は 「お前はこんなにも罪深いんだ!」  「お前を救うのにこんなに苦労した!」  というお経ではありません。

大雑把ですが、『仏説無量寿経』というお経は阿弥陀さまのお救いが説かれる前半とお釈迦さまのお説教が説かれる後半に別れます。

阿弥陀さまのお救いが説かれている箇所では、

「お前はこんなにも罪深いんだ!」

「お前を救うのにこんなに苦労した!」

ということはほとんど述べられておりません。

「そのまま救う」という阿弥陀さまの願いが説かれております。

心配してくれる医者

皆様は、どんなお医者さんが好きでしょうか?

僕は最近のお医者さんがあまり好きではありません。

僕の顔を見たり様子を聞いたりすることはほとんど無く、パソコンの画面ばかり見ているお医者さんが増えたように感じているからです。

世間話をしに行ってるのじゃなくて、病気を治しに行っているので、治してくれたら満足しないといけないんですけどね。

でも、一人の患者として診られているのであって、一人の人間として診られていないな〜って感じると寂しくなります。

逆に、本当に親身になってくれているのが伝わってくるお医者さんは大好きなんです。

普通の診療じゃなくて、先生がたくさんいる歯医者などでも、2ヶ月前の治療内容を覚えていて、「歯茎の腫れはまだ痛いですか?」って聞いてくれたりしたら、「たくさん患者がいるのに僕のこと覚えてるんだ!」という安心感が湧いてきます。

でも、責められたらしんどいでしょうね。

責める医者

病気のことで心配してお医者さんに向かいました。

そしてお医者さんに、

[voice icon=”https://namonamo7676.com/wp-content/uploads/2017/11/man_58.png” name=”医師” type=”r”]あんたが不摂生だから病気になったんだ!

だいたい、お酒やタバコをやめればいいんだ!

油物を食べるのもやめたらいいんだ!

甘いものを食べるのもやめたらいいんだ![/voice]

そう言われたら、多分悲しいだけですよ。

相手の欠点をひたすら言うところに救いはないんです。

言われる相手がお医者さんに関わらず、誰が相手でも、欠点ばかり言われるのは苦しいだけだと思います。

友人の親

高校の途中に家出した僕の友人がいます。

僕は中学の時からの親友で、その頃は数人の友人とよく夜遅くまでアホみたいな遊びをしていました。

時には暴れてしまうことも多くありました。

だからといって、学業だけは疎かにしない友人でした。

どれだけ良い点を取っても、欠点を探しては親に言われ続ける友人の悲しさを感じることも多くありました。

親と言い合いをしたら、「せっかく育ててやったのに」っていつも言われていたそうです。

それは香川県内の進学校に進学しても変わりませんでした。

友人がよく「せっかく育ててやったのに」って言われたら「なんか、あいつらを親とは思えない」って言っていたのをよく覚えています。

もう家おるんだるいわ〜

って愚痴ってきた数日後、誰にも連絡せずに友人は家出をしていなくなりました。

「そのまま救う」の仏様

「お前はこんなにも罪深いんだ!」
「お前を救うのにこんなに苦労した!」

そんなことを仰せにならなかったのが阿弥陀さまです。

「そのまま救う」が阿弥陀さまのお誓いなんです。

そのお誓いのままに、今、南無阿弥陀仏となってはたらきつづけておられます。

南無阿弥陀仏となってご一緒くださる阿弥陀さまの願いのままのおはたらきに「そのまま」お任せさせていただきましょう。