あるレジ打ち女性の話。〜挫折してしまった時こそ考え方を変える。それでも立ち直れない時には「私の支え」が必要〜

「あるレジ打ち女性の話」という実話のお話があります。

そのお話を拝読した時に、「どのような気持ちの時であっても前向きに捉えて生きることって大切だなぁ」と思いました。

人生、誰もが挫折してしまうことがあります。

でも、挫折で終わっては何の実りもありません。

「挫折した時の行動はもっと大切なんだ!」ということを感じさせていただきました。

あるレジ打ち女性の話(実話)

そのお話の主人公は、何をしても続かない性格の一人の女性です。

田舎から東京の大学に進学して部活やサークルに入るのですけど、どのサークルに入ってもスグに所属を変えていく女性だったのです。

やがて大学を卒業して物流の会社に就職しました。しかし、仕事内容が合わずに半年ほどで辞めてしまいました。

次に入った会社は医療事務の仕事でした。しかしそれも、またスグに辞めてしまったんです。

そうしたことを繰り返していると彼女の履歴書には、入社と退社の経歴がズラッと並ぶようになっていたんです。

すると、そういう内容の履歴書では、どこも正社員に雇ってくれません。

ついに彼女はどこに面接しても正社員として採用して貰えなくなりました。

だからといって生活のためには働かない訳には行きません。

田舎の両親は早く帰って来いと言ってくれますが、負け犬のようで帰りたくはありません。

結局、彼女は派遣会社に登録したんです。

ところが派遣も勤まりません。すぐに派遣先の社員とトラブルを起こし、イヤなことがあればその仕事を辞めてしまうのです。

彼女の履歴書には辞めた派遣先のリストが長々と追加されていきました。

ある日のことです。

例によって『自分には合わない』などと言って派遣先を辞めてしまった彼女に新しい仕事先の紹介が届きました。

それは、スーパーでレジを打つ仕事でした。

ところが勤めて1週間もするうちに彼女はレジ打ちにもう飽きて来ました。

ある程度仕事に慣れてきて『私はこんな単純作業の為にいるのではない』と考え始めたのです。

この時、彼女はとりあえず辞表だけ作ってみたものの決心をつけかねていました。

するとそこへお母さんから電話がかかってきました。

受話器の向こうから『帰っておいでよ』というお母さんのやさしい声が聞こえてきました。

彼女はこれで迷いが吹っ切れました。田舎に戻るつもりでアパートの部屋を片付けはじめました。

東京生活での荷物を整理していると1冊のノートが出てきました。

小さい頃に書きつづった大切な日記でした。

パラパラとめくっているうち、彼女は、『私はピアニストになりたい』と書かれている高校時代のページを発見したのです。

そうだ! あの頃はピアニストになりたくて練習をがんばっていたんだ・・・』。

彼女は思い出しました。

なぜかピアノの稽古だけは長く続いていたのですが、いつの間にかピアニストになる夢はあきらめていました。

彼女は心から夢を追いかけていた自分を思い出し、日記を見つめたまま本当に情けなくなってきたんです。

あんなに希望に燃えていたのに履歴書にはやめてきた会社がいくつも並ぶだけ。

自分が悪いのは分かっているけどなんて情けないんだろう。

そして私はまた今の仕事から逃げようとしている。

そして彼女は日記を閉じ泣きながらお母さんにこう電話したのです。

お母さん、私もう少しここで頑張る!

彼女は用意していた辞表を破り、翌日もあの単調なレジ打ちの仕事をするためにスーパーへ出勤しました。

ところが『2、3日でいいから・・・』と言われ、頑張っていた彼女にふとある考えが思い浮かんだんです。

そうだ私は、私流にレジ打ちを極めてみよう! 』と。

それから彼女はピアノの練習をしていた頃のようにレジ打ちを始めたんです。

すると数日のうちに、ものすごいスピードでレジが打てるようになったのです。

すると、これまでレジのボタンだけ見ていた彼女が、今まで見もしなかったところへ目がいくようになったのです。最初に目に映ったのはお客さんの様子でした。

ああ、あのお客さん昨日も来ていたな

ちょうどこの時間になったら子ども連れで来るんだ』とか、いろいろなことが見えるようになったのです。

そうして、いろいろなお客さんを見ているうちに、今度はお客さんの行動パターンやクセに気づいていくのです。

この人は安売りのものを中心に買う』とか、『この人はいつも店が閉まる間際に来る』とか、が分かるようになってきたんです。

そんなある日、いつも期限切れ間近の安い物ばかり買うお婆ちゃんが、5,000円もするお頭付きの立派なタイをカゴに入れてレジへ持ってきたのです。彼女はビックリして思わずおばあちゃんに話しかけました。

今日は何かいいことがあったんですか?

お婆ちゃんは彼女ににっこりと顔を向けて言いました。

孫がね水泳の賞を取ったんだよ、今日はそのお祝いなんだよ、』 と話すのです。

いいですね、おめでとうございます!

嬉しくなった彼女の口から自然に祝福の言葉が飛び出しました。

お客さんとコミュニケーションをとることが楽しくなったのはこれがきっかけでした。

いつしか彼女はレジに来るお客さんの顔をすっかり覚えてしまい、名前まで一致するようになりました。

○○さん、今日はこのチョコレートですか?でも今日は、あちらにもっと安いチョコレートが出ていますよ!

今日はマグロより安いカツオのほうがいいわよ! 』などと言ってコミュニケーションを取り始めたのです。

彼女はだんだんこの仕事が楽しくなってきました。

そんなある日のことです。『今日はすごく忙しい』 と思いながら、彼女はいつものようにお客さんとの会話を楽しみつつレジを打っていました。

すると、店内放送が響きました。

本日は大変混み合いまして申し訳ございません、どうぞ空いているレジにお回りください!

ところが、わずかな間をおいてまた放送が入ります。

本日は大変混み合いまして申し訳ありません。重ねて申し上げますが、どうぞ空いているレジにお回りください!

その放送が流れた時、彼女はおかしいと気づき周りを見渡して驚きました。

5つのレジが全部空いているのに、お客さんは自分のレジにしか並んでいなかったのです。

店長があわてて駆け寄ってきます。

そしてお客さんに『 どうぞ空いているあちらのレジへお回りください 』と言ったその時です。

お客さんは店長に言いました。『 放っておいてちょうだい!私はここへ買い物に来てるんじゃない!あの人とおしゃべりに来てるんだ! だからこのレジじゃないとイヤなんだョ!

その瞬間、レジ打ちの女性はワッと泣き崩れました。

お客さんが店長に言いました。

そうそう!私たちはこの人と話をするのが楽しみで来てるんだ! 今日の特売は、ほかのスーパーでもやってるよ! だけど私はこのお姉さんとお話をするためにここへ来ているんだよ!

彼女はポロポロと泣き崩れたままレジを打つことができませんでした。

仕事というのはこれほど素晴らしいものなのだと初めて気づきました。

挫折してしまう時がある人生の支え

生きていたら、挫折してしまう時や立ち直れないほど苦しい時もあります。

そんな時にスグに前を向いて歩くことはできないのかも知れません。

しかし、考え方を変わるだけで立ち直ることもできます。

それでも立ち直れない時、無くならない「私の支え」が必要です。

僕にとって、それがお念仏でした。

いつ何が起こるかわからないのが人生ですが、南無阿弥陀仏だけは変わらず私におはたらきくださっております。

お念仏を心の支えに人生を乗り越えていきましょう!