「注文を間違える料理店」〜受け入れるありがたさ〜

仏教では根本となる苦悩を生老病死と表現されます。

「生」まれてきたからには、必ず「老」いることや「病」気になること、そして「死」ぬことを避けることはできません。

しかし、避けることはできないと言われても「避けたい」ですよね。

「老病死」の反対は「若く健康で長生き」です。

若く健康で長生きしたくないですか?

若く健康で長生きしたい方が多いから、健康食品がいつまでも売れ続けるんです。

若く健康で長生きしたい方が多いから、健康番組は世代を超えて人気があるんです。

さらにみなさまに質問があります。

健康食品を使って若くなった方はどれくらいいらっしゃいますか?当然のように一人もいないですよね。

それでも「どうにかしたいどうにかしたい」と思う私の心を仏教では苦といいます。

もしも、「どうにかしたい」という私の心が「受け入れる」という心に転換したら気持ちが落ち着くのではないでしょうか。

注文を間違える料理店

みなさまは「注文を間違える料理店」ってご存知でしょうか。「厚生労働省」も協力して期間限定で開かれた料理店です。

なんと、注文を聞くホールスタッフは全員が認知症の方なんです。

注文の3分の2は間違えるそうですが、誰一人として怒ることはありません。注文を間違えるだけではなく、注文を取りに席まで行って、そのまま席に座ってしまうこともあったそうなんです。

それでも誰も怒ることはありません。

それどころか、みんな笑顔なんです。

注文を間違える料理店を企画した人はNHKの社員さんはインタビューで

「間違いを指摘して正すのではなくて、みんなが受け入れちゃえば間違いはなくなる。そんな世界観を作りたい」

そう仰いました。

また、認知症に悩んでいたご家族の方が「注文を間違える料理店」で楽しそうにはたらく祖母を見て仰いました。

「忘れていくのは自然な流れなんだ」

そのように受け入れることでイライラすることも減ったそうです。

受け入れられずに恥ずかしい私の心

私自身、祖母が私のことを頻繁に忘れていたりという様子を見て、「認知症になりたくない」と思ってしまうことがありました。

「なりたくない」と思った私は受け入れることができていませんでした。忘れていくことは確かに悲しい。しかし、受け入れるべき当然のことだと捉えられる心のゆとりが大切だと思います。

生まれてきたからには、必ず老いることや病気になること、そして死ぬことを避けることはできません。

しかし、「避けることはできない」と必死に足掻く人生を「受け入れるしかないんだな」という人生に転換させることはできるのではないでしょうか。

もちろん、受け入れるつらさはつきまといます。

でも、どうしようもないからこそ「受け入れる」という考えは大切です。

それほどまでに思い通りにならない私だからこそ放っておかないのが阿弥陀さまという仏さまです。

思い通りにならない苦悩を背負って生きなくてはならない私に「大丈夫だよ、あなたは独りじゃない」といつもいつもおはたらきなんです。

その証拠が「南無阿弥陀仏」のお念仏です。

「ここにいるよ」というお心のままに念仏となって喚んでくださる。お念仏を称えられるまでお育ていただいた尊さのままに今を精一杯生きさせていただきましょう。

おすすめの本を紹介します