法蔵菩薩の因位の時、世自在王仏の所にましまして、諸仏の浄土の因、国土人天の善悪を覩見して、 無上殊勝の願を建立し、希有の大弘誓を超発せり。 五劫これを思惟して摂受す。

私たちがお勤めしている浄土真宗のお経本の最初に「正信念仏偈」というお経があります。

その3行目から8行目に、

法蔵菩薩因位時
在世自在王仏所
覩見諸仏浄土因
国土人天之善悪
建立無上殊勝願
超発希有大弘誓

という言葉があります。

この部分に、阿弥陀さまが私たちを救うための強い決心が込められております。

3行目、4行目に「法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所」とあります。

「阿弥陀さまが修行の位であった法蔵菩薩と名乗られていた時、お師匠の世自在王仏のみもとにましまして」という意味であります。

そして「都見諸仏浄土因」と続いていくのですが、私は、このシーンから「どうしても私を救いたいんだ!」という阿弥陀さまのお心を感じずにはおれません。

ただ救うぞ、そのまま救うぞ」という法蔵菩薩の願いを強く感じるシーンであります。

阿弥陀さまの強い決心と願い

法蔵菩薩が世自在王仏の説法を聞かれた後、世自在王仏のそばに行き、仏足をおしいただき、 三度右まわりにめぐり、 ひざまずいて合掌し、 世自在王仏のお徳をほめ讃えられました。

その内容が、「讃仏偈」として親しまれているお経であります。

その「讃仏偈」の最初で、

「光顔巍巍 威神無極」

なんと麗しいお顔なのでしょうか」と世自在王仏のお徳を褒め称えられます。

そして、「讃仏偈」のちょうど真ん中で、

「一切恐懼 為作大安」

「恐れを抱きながら生きている人々に、安心を与えたい」と誓われ、

最後に、「仮令身止 諸苦毒中 我行精進 忍終不悔」

たとえどんなに苦しい修行が必要であっても、耐え忍び、決して後悔することはありません」と、法蔵菩薩は決意を表明し、世自在王仏にこう言われました。

「私はどうしてもさとりを開きたいのです!!世自在王仏さま、どうか私のために教えを説いてはくれませんか?私はあなたの仰せの通りに修行し、あらゆる仏様の作られたお浄土の、勝れたところだけを選び取り、未だかつてないほど清らかな国土をつくりたいのです。どうか、私に、この世で速やかにさとりを開かせ、すべてのいのちの苦しみのもとを除かせてください」

すると、世自在王仏は、

「どういう修行をすれば、清らかなお浄土をつくることができるかは、そなた自身で知るであろう」

すると、法蔵菩薩は、

「いいえ、それはひろくふかく、とても私に知ることはできません。どうか私のために、あらゆる仏さまのそれぞれのお浄土を作るための修行をお説きになってください。私はそのお説きの通りに修行し、私の願いをかならず成し遂げます!!」

という法蔵菩薩の言葉を聞いた世自在王仏は、法蔵菩薩の志が深く広いことを知り、法蔵菩薩のために教えをお説きになられました。

そして続けて世自在王仏は、

「もしも、この限りなく広く深い海の水を、すべて、たった一人で升を使い汲み取ろうとしたとしよう。果てしない時間をかければ、いずれ底まで汲み干し、海底にある珍しい宝を手に入れることができるであろう。必死に努め励み、決してあきらめずにさとりを求めるならば、必ずその目的を成し遂げることができるであろう。どのような願いであっても、成し遂げられないものはないであろう」

そのように仰せになりました。

それは、「とてもとても難しいけど頑張れよ」と言ったんじゃないでしょう。

あえて「それは不可能に近いことだぞ」と伝えたかったのでしょう。

それでも、何も動じることのない法蔵菩薩の姿を見て世自在王仏は、二百十億という仏さまのそれぞれのお浄土に住んでいる方々の、善いところ悪いところ、優れているところ劣っているところをお説きになり、それらを全てお見せになられました。

私が師匠として尊敬している兵庫県の布教使の方が教えてくれたお話であります。

ある和上さまが、先ほど私が話していたような「二百十億の国を見そなわしてすべての命を救うことを成し遂げたのが阿弥陀さまという仏さまであります。」というお話をされたそうです。

すると、それを聞いていた方の一人が、こう仰せになったそうであります。

「そんな夢物語のお話をされても信じられるか」

そう言われた和上さまは、相手の言ったことを何一つ否定せず、全く動じずにこう仰せになったそうです。

「あなたの言う通りかも知れません。しかし、あなたを救いたい仏様のお話であっても無視できるんですか」

浄土真宗というみ教えは、決して他人事の救いを聞くのではありません。

私を救うことを何より本意とされているのが阿弥陀さまであります。

自分事の救いを聞かせていただきます。

法蔵菩薩の見られた二百十億の国土とは、あらゆる世界のあらゆる人々をすべて見られたということであります。

それは、私とは別の人のことを言っているのではありません。

普段、人前で笑顔を見せているけど、本当は心の奥底に深い寂しさを抱えている私の心を見たのかも知れない。

誰にも気持ちを受け止めてもらえずに苦しんでいる私の心を見たのかも知れない。

愛する人と別れて、家に帰って食べる一人のご飯がやけに冷たく感じる私の心を見たのかも知れない。

いえ、すべてを見たのでしょう。この世は全てが不如意でありますから、誰もが「思い通りにならない」という苦しみを抱えることがあります。

そんな私の姿をご覧になり、「私をそのまま救う」という誓いの通りに願いを建てられ、今、南無阿弥陀仏の仏さまとして私たち一人ひとりとご一緒に歩んでくださっているのでありました。

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

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