高校時代の恩師 〜怒るのではなく、叱ってくれていた〜

このブログを読んでくださっている多くの方が、学生時代に先生に怒られた思い出がたくさんあると思います。

僕も、学生時代には先生にたくさん怒られました。

その時は、僕が間違えた行動をして怒ってくれていたのに、自分勝手に、

えいかい
ちくしょー!!!

って思っていました。

でも、それは、怒られていたのではなく、叱ってくれていたんだ!って知らされた時、自然と先生に感謝の気持ちが湧いてきました。

高校時代の恩師の優しさ

高校時代、先生の言うことをちゃんと聞いて、しっかり勉強してという生活をしていなかったので、先生にはたくさん迷惑をかけました。

入学式の日、短い学ランを着ていって呼び出され、最初の授業は友人と話してて遅刻し怒られ、本当に自分勝手な学生時代だったと今になって思います。

本当は出ないといけない学内の式典を出ずに友人と部室でのんびりしていて怒られることもありました。

友人と派手な喧嘩をして怒られることもありました。

全部自分が悪いのですが、その時は先生のことをうっとおしいなぁと思っていました。

サッカー部に所属していたのですが、負けたサッカーの試合の後に相手を蹴ってしまい、サッカー協会に訴えられたことがありました。

サッカー協会に訴えられたら、サッカーの公式戦に出られなくなってしまうので、サッカー部を辞めようと先生に言いました。

高校の模試の日に、相手の高校まで一緒に謝りに行ってくれ、サッカーを続けることができました。

それでも、先生への感謝の気持ちをスグに忘れて、また怒られるようなことをしてしまう。

本当にどうしようもない生徒だったなと思います。

そんな僕にも、大学の試験の日がやってきました。

大学の試験が終わり、合格発表の日。

実は欠席ゼロだったのですが、僕は初めて学校をサボって、家で合格通知の手紙を待ちました。

合格通知が届いた後、昼前だったけど堂々と学校に行きました。

偶然、学校についてスグに先生に会ったのですが、僕は怒られると思っていました。

しかし、先生は怒るのではなく、

「どうやった??」

そう聞いてきました。

「受かってました!」

そういうと、握手して抱き寄せられ、

「よかったの、よかったの!」

ってとても嬉しそうに7回言われました。

この時に初めて気付いたんです。

先生は、僕を怒っていたのではなかったことに。

怒っていたのではなく、僕を叱っていたんだって。

自分中心に怒っている人は、相手のよろこびを自分のよろこびにはできません。

僕のことを考えてくれていたから、叱ってくれていたんです。

僕のことを思ってくれていたから、自分のことのように「よかったの」ってよろこんでくれていたんだって感じました。

そんな先生の優しさに触れさせていただいて、ようやく先生への感謝の気持ちが自然と湧いてきました。

だから、それからは必死に先生の言うことを聞いていたかというと、合格が決まってから学校はサボりがちになりました。

いつまでたっても自分中心に、ラクな方向に逃げていく僕の本質は変わりませんね。

でも、自分のことを思ってくれているって気付かされる人生は、より力強く前向きに歩くことができる人生です。

一人で生きている人は誰もいません。

私たちは人の支えによって生きてきました。

そのことを忘れがちな自己中心性を誰もが持っていますが、思い出させてくれるおはたらきがあります。

それが、いつも私たちのことを思ってくれ、私たちにいつもはたらきかけておられる存在。

阿弥陀さまって仏さまがおられることです。

今も、阿弥陀さまは六字のお言葉となって私たちとご一緒です。

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

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