二〇一四年度 龍谷大学大学院実践真宗学研究科修士論文要旨

大学院時代、実家での仕事のたびに帰らなければならなかったので、受けたい授業はほぼ全て受けることができませんでした。

でも、浄土真宗本願寺派の取り組みであるキッズサンガ(現在でいう「子ども・若者ご縁づくり」)が機能したら、間違いなく浄土真宗のみ教えは広まり、阿弥陀さまに抱かれている安心の人生を送ることができる方が増えるという確証がありました。

だから、「真宗念仏者におけるキッズサンガの実践」という主題の修士論文を作成しました。

本当は、私自身のこれからの実践の糧にしたかったのですが、それはこれからこれから〜ということで、私自身が内容を忘れずに実践するために、ここに要旨を掲載いたします。

修士論文 総目次

序論

  •  キッズサンガの理念

第一節 キッズサンガの目的

  •  「キッズサンガ推進ガイドライン」の理念と内容

第一項 「3つのかたち」

  •  「3つの視点」
  •  「子ども・若者ご縁づくり」の理念と内容

第一項 「子ども・若者ご縁づくり」の基本内容

  •  「子ども・若者ご縁づくり」の推進内容
  •  念仏者としてのキッズサンガの実践意義

第一節 浄土真宗の伝道理念

  •  報恩の意義と実践

第一項 称名報恩の意義

  •  「いのり」の実践的意義
  •  念仏者における社会的実践
  •  寺院伝道としてのキッズサンガの実践意義

第一節 地域寺院としての視点

  •  講としての視点

第一項 講の生活的側面

  •  講の信仰的側面
  •  共同体としての寺院の役割
  •  キッズサンガの課題と実践

第一節 キッズサンガアドバイザーからの視点

  •  キッズサンガの実践における可能性

結論

要旨

キッズサンガとは、二〇〇五(平成一七)年八月一日に発表された親鸞聖人七五〇回大遠忌宗門長期振興計画(三期一二年)の中「次代を担う『人』の育成」の重点項目⑬「既存の人材育成施策の強化」において、青少年教化対策が掲げられ「お寺を子どもの居場所に」「次代を担う『人』の育成」を目的とし、二〇〇七(平成一九)年から大遠忌法要終了年度(平成二三年度末)までに全寺院において「子どもを視野に入れた教化活動を行う」という短期目標のもとに発起された取り組みである。大遠忌終了年度にキッズサンガ推進委員会より発行された「総括書」では、

親鸞聖人七五〇回大遠忌法要の年(平成二四年三月末)までに、各寺においてキッズサンガの願いに添う活動を「まず始めて」もらうことを短期目標とし、各教区で運動展開をしていますが、これは「始めの一歩がなければ、次の二歩目はあり得ない」からのことであり、巷間心配されている「打ち上げ花火」的事業ではない

と記されており、むしろ大遠忌終了後の今日がキッズサンガを続けていくために大切な時間であり、宗門内でも二〇一四年四月に「子ども・若者ご縁づくり推進室」を設け、新たな名称で推進される等、今日も様々な方法が考究されている。

しかし、方法論ばかりが推進され実践論として明確に示されていない。キッズサンガを主となって実践するのは住職や門信徒といった浄土真宗の寺院と何らかの関わりのある者であり、阿弥陀如来のすくいを聞信する真宗念仏者である。真宗念仏者として如何に実践されるべきか考察していく必要があるのではないだろうか。そこで本論文では、真宗念仏者におけるキッズサンガの実践についての意義について、宗門における推進、念仏者としての実践、寺院伝道としての実践、そして実際の現場で推進する立場の意見からキッズサンガの課題と実践を考察することにより、真宗念仏者におけるキッズサンガの実践の意義を示していくことを目的とする。

まず第一章において、宗門より発行されている「キッズサンガ推進ガイドライン」と、「子ども・若者ご縁づくり」での推進内容に焦点を当てて宗門におけるキッズサンガの理念と内容について考察していく。宗門における理念は「ご縁のある大人たちが すべての子どもと接点を持ち 子どもとともに 阿弥陀さまのご縁に遇っていこうとする運動」というキッズサンガの願いに集約されるが、その内容として「キッズサンガ推進ガイドライン」では、実践のかたちについて「3つのかたち」(「日常生活でのご縁づくり」、「平素の法務、法要、行事でのご縁づくり」、「子どもに特化した集いでのご縁づくり」)と、キッズサンガの実践は場を限定されないことを示し、実践の視点について「3つの視点」(「子どもの今にみ教えを」、「お寺を本来のすがたに」、「お寺どうしが力を合わせて」)と、真宗念仏者の心持ちについて明らかにされている。また「子ども・若者ご縁づくり」では、「ご縁を繋ぐ」ことを新たに強調され、キッズサンガの対象に年齢の差別はないことを明確に示されている。

これらの内容と理念より、真宗念仏者として、場を限定せず、老少男女を問わない阿弥陀如来の願いのままに、自他ともに「阿弥陀さまのご縁に遇っていこう」という心持ちによる実践をされるべき事柄であることがわかる。そのような真宗念仏者としての実践を如何なる姿勢で実践していくべきか具体的に示すのが第二章である。

第二章では、念仏者としてのキッズサンガの実践意義について示す。「信心正因称名報恩」の法義の通り、信心による仏恩に報いる生活が念仏者の実践の根幹となる。そこで報恩の意義と実践を、本論文では「称名報恩」、「いのり」に焦点を当てて、キッズサンガを如何に実践していくべきか考察していく。

称名が報恩行となる所以については「上讃仏徳下化衆生」の定義の通り、称名することはそのまま仏徳を讃嘆し、仏の功徳を十方に伝えることになる。「往因としての無償性」が称名報恩の意義としてあり、信心獲得後の念仏者の言動は定められていないが、ただ阿弥陀如来のすくいをよろこぶ気持ちからこぼれ出る称名が報恩になるところに念仏者としての実践的姿勢が窺える。

また、『御消息集』における「いのり」の言葉には伝道の意味合いがあり、報恩の意義がある。「いのり」とは私の心から出てきたものではなく、阿弥陀如来のすくいを聞信する中で「自然と思わしめられる」仏法弘通の念願である。つまり如来の大悲によって仏恩を知らされた念仏者として、ともに阿弥陀如来のご縁に出遇っていこうという同朋的態度であり、「そしる」ことなく「あはれみをなし、かなしむこころ」を持たしめられる伝道活動の実践が宗祖の「いのり」の言葉より窺える念仏者の実践的姿勢であると言えよう。

「称名報恩」も「いのり」も肝要となるのは自身の信心であり、その上で報恩の意義があり実践となる。それはキッズサンガという社会的活動の一環でも同様のことである。宗教者は社会の一員であり、宗教と社会は切り離すことができないが、宗教者の社会的実践を宗教的実践とするかは自身の信心に委ねられており、念仏者の実践的姿勢は社会の中でこそ発揮されなければならない。その実践がキッズサンガで目指している「ご縁のある大人たちが すべての子どもと接点を持ち 子どもとともに 阿弥陀さまのご縁に遇っていこうとする運動」へと繋がってくる。大切なのは自分自身が阿弥陀如来のすくいを聞信し、子ども達とともに聞いていくことであり、そこに念仏者としてのキッズサンガの実践意義がある。そして、キッズサンガの実践の場は寺院が中心となるが、念仏者として如何に「寺院伝道」を実践していくべきであるか示すのが第三章である。

第三章では寺院伝道としてのキッズサンガの実践意義について、「地域寺院」、「講」の視点を中心に考察する。「地域寺院」としての視点からは、地域のニーズに応え、地域の方々にとっての居場所となる「生活共同体」としての性格の必要性が窺える。また「講」としての視点からは同一信仰のもとでは平等であるという安心感、すなはち「信仰共同体」としての性格の必要性が窺える。これらの「生活共同体」としての性格と「信仰共同体」としての性格を兼ね備えた寺院として実践されるべきである。この二つの性格を兼ね備えた共同体を形成するため、「生活共同体」としての方法論に捉われるのではなく、「信仰共同体」としての寺院を大切にしなければならない。そのような「信仰共同体」としての寺院を確立するために問われているのは自身の信心に他ならない。「生活共同体」と「信仰共同体」の性格を兼ね備えた寺院という共同体でキッズサンガを実践していくためにも、念仏者として自分自身の姿を省みる寺院伝道を続けていくべきである。それこそが寺院伝道としてのキッズサンガの実践意義である。

最後に第四章においてキッズサンガアドバイザーの視点を中心にキッズサンガの課題と実践について考察していく。全寺院での実践という具体的な形を目指すキッズサンガの課題は、取り組みに対する「二極化」の問題である。その要因として「過疎化」、「経済的問題」、「住職の兼業」といった環境的要因は幾らでも考えられる。しかし同じような環境の寺院でも二極化が生まれている本質的要因に、キッズサンガを自分事として捉えるか否かという問題があるように思われる。阿弥陀如来のすくいを聞信する真宗念仏者として、キッズサンガを自分事と捉え、「自分自身」と「子ども・若者」の関係を大切に、ともに阿弥陀如来の本願を聞きつつ合掌し念仏もうしていくことがキッズサンガの根幹部分であり、キッズサンガの取り組みに対する本質的な要因である。第一章から第三章までの内容から問われているのは自身の信心であったが、自身を省みながらの実践こそがキッズサンガの実践ではないだろうか。

キッズサンガのサンガ(Sangha)とは仏教徒を指す言葉であり、キッズサンガは決して子どもに特化した運動ではなく、あらゆる仏教徒に開かれたものではあるが、何よりも重要なのは自分自身を実践における課題とするところにある。阿弥陀如来のすくいを聞信する真宗念仏者として、子ども達の現状を知らされながら阿弥陀如来のご縁を作らずにはおれないと実践させていただくべきである。

場を限定せず、老少男女を問わない阿弥陀如来のすくいのもとに、自分自身が子どもとともに阿弥陀如来のご縁に出遇っていくキッズサンガという一つの取り組みを大切に継続していかなくてはならない。キッズサンガを自分事として捉えさせていただき、自分自身が法を聞きつつ育まれていくところに真宗念仏者におけるキッズサンガの実践の意義がある。

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