中学時代の恩師との思い出。〜僕を呼ぶ声に願いが込められていました〜

僕は昔から自分勝手に生きてきました。

今、仏教を学んで、人間の本質を聞かせていただいて「自己中心に生きてきました」と表現することが増えてきました。

しかし、その頃の僕は単なる「自分勝手」でした。

友人関係や私生活のすべてが自分勝手でした。

ここでは、僕が大切なことを気付かせていただいた中学時代の恩師との思い出をつぶやいてみようと思います。

中学時代の恩師との思い出

僕は中学時代、あまり先生の言うことを聞かない生徒だったようです。

特に一人の先生。

何かある度に「赤澤!」と怒られるので、怒られないように笑顔で大きな声で挨拶する。

ということを、今では考えます。

しかしその時は、廊下で会って挨拶する時もできる限り目を合わせない。

なるべく関わらないように生活していました。

ある時、このような出来事がありました。

それは、あるお昼過ぎの授業の時の話です。

いつものように、静かにしていた時。

静かに、眠っていた時。

どこからともなく、私を喚び続ける声が聞こえてきました。

「赤澤!」「赤澤!」「赤澤!」

その喚び声のまま、顔を上げると・・・。

その後は、想像にお任せします。

そんなことが何度かありました。

今になって考えますと、怒られて当たり前の出来事ばかりですが、その頃、何かと怒鳴られる気がするので、先生に会わないように、細心の注意を払う中学時代でした。

でも、そんな私の心を揺るがされた先生からの言葉がありました。

それは、卒業から5年後の成人式の時です。

成人式の時に、みんなで来てくださった先生方の肩を揉んで回ってたんですが、そこにその先生がいらっしゃったんです。

僕はその先生を見たら怒られた思い出がいっぱいですから、なんか嫌な感じがしたんです。

それでも、5年も経ってたら、私のことなんか忘れてるだろうそうと思いながら先生の肩を揉んでいると、先生から、「赤澤!」と言われました。

この声が嫌だからドキッとしながら、何言われるんやろと思っていたら、こう言われたんです。

「赤澤、マジメに勉強しよるか?お前がちゃんと真面目にするか心配だった」

中学時代、怒られた思い出しかない先生からの、この言葉が、しばらく頭から離れませんでした。

中学卒業してから5年、私の中では勝手に先生を無き者として忘れていました。

でも、先生は私のことを忘れていなかった。

「お前のことが心配だった」という言葉に、言うことを聞かずに無視していた私をいつも心配して、「赤澤!」と、先生は私を喚び続けていたのだと気付かされました。

私のことを心配して「ちゃんということを聞く人間になってくれよ」という先生の願いが「赤澤!」という言葉に込められていたんだと気付かされました。

「赤澤!」という言葉には、「ちゃんと言うことを聞く人間になってくれよ!」という思いが込められていたのと同じように、「南無阿弥陀仏」という言葉そのものに阿弥陀さまの願いが込められております。

いえ、阿弥陀さまの「私をそのまま救う」という願いが、「南無阿弥陀仏」という言葉となって私に至り届いております。

私のことを思ってくれている願いが、私が力強く歩いていく力を与えてくれます。

えいかい
先生の「赤澤」という言葉に願いが込められていたのと同じように、「南無阿弥陀仏」の言葉そのものには「赤澤をそのまま救うよ」という願いが込められていたんだ!!

中学時代の恩師との思い出から、そのことを改めて思い知らされ、有難く感じさせていただきました。

みなさまの優しいシェアをありがとうございますm(__)m