煩悩を抱えてしか生きることのできない悲しみとともに、そのままの私を見捨てない阿弥陀さまがおられるよろこびを実感する生涯

「がんばって煩悩を振り払いなさい!」

そのように命令する阿弥陀さまなら、

英海は救われませんでした。

「そのままのあなたを救うよ!」

それが阿弥陀さまの御本意であります。

そのようなお救いだからこそ、

庄松さんはよろこび、

そして、自身の煩悩を恥じらう。

そんな生涯を送られました。

煩悩を抱えて生きる恥ずかしさを感じておりました

「この袋は、置けとあれば置きもしよが、胸のうちのくそ袋を提げながら、御前へ出るが、恐れ多い、恐れ多い」

庄松さんが京都の興正寺の御門主のもとへ向かわれた時のお話です。
興正寺に到着し、御門主のもとへ行くために門を入ろうとしました。すると、門の前にいる役人が庄松さんの持つ粗末な袋を見て、「その袋はそこへ置いて出られよ」と注意すると、庄松さんは「この袋は、置けとあれば置きもしよが、胸のうちのくそ袋を提げながら、御前へ出るが、恐れ多い、恐れ多い。」と言われました。

庄松さんという方に性格について、よく勘違いされることがあります。

何も隠さず、思ったことを堂々と言ったり行動をしておりましたので、次のようなイメージが強いようです。

自由奔放」何も考えずやりたい放題!
「変わり者」
普通の人の生き方ではない!


確かに、そのようなイメージも正解であります。

今サイトの「庄松ありのままの記」のページの「庄松さんの性格」という箇所で詳しく掲載しますが、「世を見ず」という性格があります。「世間を見ず」ということです。

それは、「世間体をほとんど気にされなかった」のが庄松さんであります。

私たちは生きている限り、世間との関わりは大切にしていきますよね。

たとえば、マナーとして身だしなみを整えます。

そうしなければ、周囲に迷惑をかけてしまうこともあります。

また、近所付き合いでは、「周囲の方々と上手く関わっていきたい」という気持ちはもちろんですが、

それ以外に、「周囲の方々によく思われたい」という想いが自然と湧いてくるのではないでしょうか。

この「周囲の方々によく思われたい」という想いがほとんどなかったのが庄松さんなんですね。

この感情が無ければ、世間での常識というものをあまり気にしません。

「自由奔放」、「変わり者」、「やりたい放題」というイメージになりやすいように思われます。しかし、庄松さんの性格はそれだけではなかったんです。

今回の言動で、

この袋は、置けとあれば置きもしよが、胸のうちのくそ袋を提げながら、御前へ出るが、恐れ多い、恐れ多い」と言われております。

どんなに身だしなみを整えようが、どんなに世間体を大切にしようが、自分中心の「周囲の方々によく思われたい」という想いは無くならない。

浄土真宗のみ教えを聞かせていただく中で、決して捨てることのできない「煩悩」という人間の持ち前に気付かされていく。

そんな人生を送られたのが庄松さんです。

「自由奔放」、「変わり者」、「やりたい放題」に見えますが、自分の罪悪性を知らされる悲しみと、そんな自分を捨てない阿弥陀さまの御心を喜ぶ人生を歩まれたのが庄松さんでありました。

本来ならば地獄行きの私。それほどの罪を重ねて生きていることを知らされます

阿弥陀さまのおはたらきによって、浄土という目指すべき目的地のある人生を知らされます。

忙しさに追われる毎日の中で、死後のことを考えようともしないのが、本来の私の性根であるようにも思われます。

もしも、阿弥陀さまがいなければ、人間はどうなってしまうのでしょうか。

次の二つの話に、私のすがたについて考えさせられます。

「落ちた落ちた地獄へ落ちるもこの通りか」

庄松さんが仲多度郡吉野村の岩崎氏の家にいた時のお話です。
水車の桶の水で帯を洗っていたのですが、手を滑らして帯が流れ落ちてしまいました。その時、庄松さんは両手を挙げて、「落ちた落ちた地獄へ落ちるもこの通りか」と言われました。

「落ちくさしではないのか、落ちてしもうたのか」

木田郡津柳の筒井利吉と庄松さんが、仏生山法然寺にお参りに向かっている時のお話です。
田中村にて、瓦屋さんが家根の上から落ち、大騒ぎしていました。庄松さんがそれを見て、「あれは何しておるのか」と尋ねると、筒井利吉は「あれは屋根屋が屋根から落ちて、大怪我をして歩くことができず騒いでおる」と答えました。すると庄松さんは、「落ちくさしではないのか、落ちてしもうたのか」と言われました。

親鸞聖人のお弟子であった唯円さんが書かれたと考えられている『歎異抄』の中で、お浄土参りに対する不安を抱えた関東の門弟たちへの、次のような親鸞聖人の言葉を記されております。

「いづれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。弥陀の本願まことにおはしまさば、釈尊の説教虚言なるべからず。 仏説まことにおはしまさば、善導の御釈虚言したまふべからず。 善導の御釈まことならば、法然の仰せそらごとならんや。 法然の仰せまことならば、 親鸞が申すむね、 またもつてむなしかるべからず候ふか。」

親鸞聖人という方は29歳まで比叡山におられましたが、非常に優秀な学僧であり、真剣に迷いのから抜け出す道として修行に取り組まれておりました。真剣に取り組んでいたからこそ、決して無くせない煩悩を抱える人間の悲しさを強く感じられたことだろうと思われます。

いづれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし」という言葉から、本来ならば地獄行きの人間の悲しさを強く感じます。

続いて述べられている、

弥陀の本願まことにおはしまさば、釈尊の説教虚言なるべからず。 仏説まことにおはしまさば、善導の御釈虚言したまふべからず。 善導の御釈まことならば、法然の仰せそらごとならんや。 法然の仰せまことならば、 親鸞が申すむね、 またもつてむなしかるべからず候ふか

という言葉に、本当のみ教えに出遇わせていただいたよろこびと、その言葉の力強さを感じずにはおれません。

本来ならば地獄行きの私が出遇わせていただいた阿弥陀さまの御心を聞かせていただく人生。

その人生を、今を生きる私たちが聞かせていただいております。

今サイトにおいても、「親鸞聖人のよろこび」、「庄松さんのよろこび」ではなく、「今を生きる私たちに届いている」ということを、ともに感じ合えればと思います。

煩悩を抱えたままの私を放っておかない阿弥陀さまがいてくれる。何よりのよろこびの生涯

時代が変わっても、阿弥陀さまのすくいに変わりはありません。

本来ならば地獄行きの者であっても、いえ、そのような私だからこそ、放っておけなかったのが阿弥陀さまであります。

その御心は、次の庄松さんの話でも強く感じます。

「参れる参れる、おらさえ参れる」

津田町神野の田中平九郎と言う人が、庄松さんに「隣村の者は罪を犯して牢屋へ行き、終に牢死したのじゃが、今はどこに行ったであろう。あんなものでもお浄土に参られようか」と聞くと、庄松さんは「参れる参れる、おらさえ参れる」と返されました。

庄松さんの、「自分が最も罪深い者である」という気落ちが伝わってきます。

また、

そんな私さえ放っておけなかった阿弥陀さまである。すべての者に阿弥陀さまの願いは間違えなく届いているぞ

そのことを伝えたかったのでしょう。

さらに、ここで「おらさえ参れる」と、自分のすくいとして返答しているところに注目するべきです。

平九郎さんは他の人の心配をしておられましたが、私のすくいを第一に考えねばなりません。

他人のすくいを心配することよりも、「自分がすくわれていく道」として阿弥陀さまの御心をいただき、他の方々とともによろこんでいくことこそ、浄土真宗の教えを聞く者の生き方だと思われます。

「人をすくう私」ではなく、「阿弥陀さまにすくわれていく私たち」です。

おらさえ参れる」という想いをいただける阿弥陀さまの御心を、皆さまでともに味わっていきたく思います。

しかし、ここで大切なことがあります。

それは、阿弥陀さまが勝手にすくってくれるから、「何も知らなくてもいいし、何もしなくてもいい」という考えは、浄土真宗のみ教えを聞く方の生き方ではないでしょうね。

素直によろこぶ心さえ持ち合わせていない自分の悲しさも知らされてゆくのが、念仏者のすがたであります。

次の話に、庄松さんのそのような心があらわれています。

「喜ばんのにお浄土へ参られたら、阿弥陀さまに恥ずかしかろうじゃ」

ある人が、庄松さんに「喜ばんでもお浄土に参られるだろうか」と尋ねますと、庄松さんは「参られる参られる」と言い、しばらく黙った後、「喜ばんのにお浄土へ参られたら、阿弥陀さまに恥ずかしかろうじゃ」と言われました。

阿弥陀さまに抱かれているよろこびは、自然と湧いてくるものであります。

しかし、よろこんでいるか、よろこんでいないか、といったことをすくいの条件と考えるのは大きな誤りであります。

「よろこんだ者はすくう」とは、阿弥陀さまは1度も仰っておりません。

他人に対して「しっかりよろこんでいるか?」と、仏法を利用して傷付け合うことこそ悲しいことではないでしょうか?

庄松さんは、「喜ばんのにお浄土へ参られたら、阿弥陀さまに恥ずかしかろうじゃ」と言われました。「よろこぶべきことを、よろこべない」、そんな私を見捨てない阿弥陀さま。

煩悩抱えたままの、「そのままのあなたを放っておかないんだよ」という阿弥陀さまのすくいのはたらきです。

浄土真宗のみ教えに出遇わせていただく中で、自然とじぶんのすがたに恥ずかしい気持ちが湧いてくる。

そのような、真の仏弟子としての気持ちを素直に表現された庄松さんのお話と言えるでしょう。

それは、次の話でさらに明確にあらわされています。

「また生えにゃよいがのう。角があるままと聞こえなんだか」

ある人が京都より来た名僧の説教を聴聞した帰り道、「今日の説教は如何にも有り難かった。日頃邪見の角が落ちた」と独り言を言うと、庄松さんは、「また生えにゃよいがのう。角があるままと聞こえなんだか」と言われました。

お寺で仏さまのお話を聞くことによって、自分が素晴らしくなることはありません。自己中心性が離れることはありません。

気づいたら、人を憎しみ、人を怨み、互いに傷付け合う。

そのような性格の無くなることのない、いつまでも角の落ちない私です。その角があるまんまの私を放っておかない阿弥陀さまであります。

自分自身のすがたへの悲しみと、そのような自分自身に「角があるまんまのお前を放っておかない」というよろこび。その両面を感じつつ、日々の生活を力強く、感謝のうちに過ごしていく念仏者のすがたを、庄松さんのすがたから感じますね。

相手が有名な布教使さんであっても、笑いながら阿弥陀さまの御心に知らされた私のすがたを示されています。

「御使僧さん等の手に合うか。おらには阿弥陀様さえ持ちあまりたのじゃ、持ちあまりたのじゃ」

大阪の連光寺が高松御坊へ御使僧に来られていた時、庄松さんが熱心な同行であることを長く聞かれていたので、御使僧の方から、「庄松さんと仏法を語り合いたい」と、役員さんから庄松さんへ伝えますと、庄松さんは「御使僧さん等の手に合うか。おらには阿弥陀様さえ持ちあまりたのじゃ、持ちあまりたのじゃ」と言われました。

相手が有名な布教使であっても、そこには目もくれてませんね。

それよりも、「阿弥陀さまでさえ苦労された私のすがた」について示されております。

ただ、この言葉は単なる悲しみではありません。

阿弥陀さまでさえ苦労された」という言葉に、「苦労されたが、私へのすくいが解決し、阿弥陀と名乗っておられる」というよろこびを強く感じます。

自身のすがたを知らされつつ、その私を放っておかない阿弥陀さまの御心を知らされる。

そこに、「浄土真宗に出遇わせていただいてよかった」という気持ちが生じてくるのだと、私は知らされるところであります。

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