阿弥陀さまのお救いは疑いようがありません。〜浄土真宗では「信心している、信じてる」ってわざわざ言わなくても大丈夫〜

「信心している」

皆様は、この言葉を聞いたことがありますでしょうか?

毎日、お仏壇でお勤めしている方や、お墓を大切にしている方を見て、

謎の人
あの人は信心しているね〜〜〜

と言っているのを聞くことがあります。

実は、お坊さんは「信心している」という言葉を使用することはありません。

「信じる心」と書いて信心ですが・・・

信心は「信じる心」と書きます。

でも、私の信じる心はいつまでも続くものではありません

どれほど信じてる人であっても、一度裏切られたら、疑う心が付き纏います。

私事ですが、私、お酒がとても好きなんです。

お酒が好きすぎて嫁を困らせたこともあります。

でも、嫁はお酒を止めるようには言いません。

缶チューハイ2本までとか、量の規制は厳しいですが、断酒を強制してくることはありません。

それに甘えてお酒を飲むのですが、嫁の指定した日や、翌日の仕事に影響が出てはダメなので夜が遅くなる日は休肝日にします。

でも、県外に出張する時は嫁の支配下にないから、お小遣い制で二次会以上にはほぼ行けませんが、基本的には自由なんです。

ある日、香川県から京都の方に2泊3日の出張で出掛ける事がありました。

特に3日目は朝5時には起きないといけない、本当に大切な大切な日でした。

京都に着いた日は、嫁にも報告をしていたので、京都の友人僧侶たちと経済的に優しいお店で、ワイワイみんなで仏さまのお話などをして楽しみました。

愛妻家の僕は、ホテルに着いたら早速嫁にテレビ電話をしてその日にあったことなどをお話していたそうです。

もちろん記憶にはありません・・・

2日目のお仕事も終わり、その日は特に誰とも約束をしていなかったし、財布の中身と相談して、スーパーで缶チューハイと安くなった惣菜を買いました。

家では2本までですが、あろうことか5本買いました。

そしてホテルでパソコンを使ってブログを作りながら、いつもは2本までしか飲めない缶チューハイを、量を気にせずに飲んでいました。

3本目が飲み終わった後に、嫁に電話しました。

そして嫁に仕事の報告やあったことをお話していると、一つ質問をされました。

嫁「飲みすぎてない??」

僕「今2本目やで」

嫁「本当に2本目?」

僕「本当や!!」

嫁「そう?私、信じてるからね

この「信じてるからね」という言葉を聞いたときにドキッとしました。

裏切っている僕の姿にドキッとしたのもありますが、完全に僕を疑ってる言葉だったからドキッとしました。

「信じてるからね」というのは、私を疑わないようにしていることとも言えます。

「疑わない」とは、「不疑」ということですが、浄土真宗の信心は不疑心ではなく、無疑心のことであると親鸞聖人は示されました。

浄土真宗の信心

浄土真宗の信心は無疑心のことです。

「疑わずに信じること」ではなく、「疑いのまったくないこと」です。

「信じてるから」という言葉すら必要ありません。

「信心している」という言葉すら必要ありません。

疑いようのない阿弥陀さまのお救いをそのまま聞かせていただくことが信心なのですから、わざわざ私が「信心している」「信じてるから」という言葉をいう必要すらありません。

ですので、浄土真宗の信心は、私が「信じること」ではなく、疑いようのない阿弥陀さまへの「信頼」のことです。

「信心している」と言って、人を区別するのではなく、全員に平等に阿弥陀さまのお救いは届いているのですから、みんなで一緒に阿弥陀さまのお救いをよろこべたら素敵だなと思います。

みなさまの優しいシェアをありがとうございますm(__)m