献血で気付いた事。 〜本当は、私たちは、今、ヤバイ状況だったんだ〜

大学時代、本当にお金がなかった時、僕の救いは献血でした。

19歳の時、警備員のバイトしかしてなかったので、家賃と光熱費と携帯代などの生活に必要なお金を払ったらほとんどお金が残らない時期がありました。

そんな時、京都駅前の血液センターで献血したら、飲み物は飲みたい放題、アイス食べ放題、お菓子は持って帰りたい放題でした。

持って帰ってる人はいませんでしたが・・・

献血に行くと、電子パネルで色々と記入したり、血液検査をしたり、色々なことを聞かれます。

ある日、お腹を空かして献血に行った時、看護婦さんから出される一つの質問にとても困りました。

看護婦さんに言われてドキッとした質問

その質問は、

「お昼ご飯は何時に食べましたか?」

実は、前日の昼から何も食べてませんでしたが、正直に言うと断られる可能性があると思い、とっさに出た返事が、

「さっき食べました!」

そしたら、予想外の質問がきました。

「何を食べましたか?」

すぐ近くに餃子の王将があったので、

「餃子を食べました!」

そう言ったらなぜか笑われましたが、

「時間まで温かい飲み物を飲みながらお待ちください」と言ってくれたのでよかったです。

そして温かい飲み物を飲みながら、お菓子をポケットに入れて献血の時間を待ちました。

献血が終わった後、血圧を測ってくれたのですが、血圧を測って数値を見た瞬間、看護婦さんがピタッと止まりました。

そして、

「赤澤さん、これを飲むまで動かないでください!」

ってポカリスエットをくれました。

有難いことです。

ご飯を食べたと嘘をついて、お菓子をポケットいっぱいに入れて、その上、ポカリスエットまでくれる。

本当に有り難かったんです。

だから、帰りに看護婦さんに「ありがとうございます」と言われた時、とっさにこちらこそありがとうございます」という言葉が出ました。

なんでとっさに「ありがとうございます」という言葉が出たのでしょう。

それは、僕が苦しかったからです。

お腹が減ってヤバイと思っていたのを助けてくれたからです。

お腹が減っていることなんて、スグに解決できることですし、苦しい気持ちは解決のしようがあります。

本当は、私たちは、決して自分の力では解決できないほどヤバイ状況なのでしょう。

蓮如上人という方は、度々「後生の一大事」という言葉を使用されました。

後生の一大事

「後生」とは「後に生まれる生涯」という意味ですので、「この世での命を終えた後の生」を意味します。

ですので、「後生の一大事」とは、「この世での命を終えた後の世こそ一大事である」という意味であります。

生きている時に、「今は本当にヤバイ時だ!」とはなかなか思えません。

そう思えないから、真剣に仏法を聞こうという心が起こりません。

その心は、途切れ途切れです。

蓮如上人は御文章の中で「たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏を深くたのみまゐらせて」という言葉を残されております。

命が終えた後の行き先すら定まっていない、ゴールのない不安な境涯を過ごすのではなく、阿弥陀さまのお救いこそ間違いないと知らされつつ、お浄土というゴールがある人生を共に歩みませんか。

それでこそ、本当にヤバイ時のままが、全くヤバくない安心な人生を過ごすただ一つの方法でしょう。

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

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