今、すでに阿弥陀さまのお救いの真っ只中!だから、大丈夫だったんだね・・・

様々な言動が残されている庄松さん。

その言動に共通していることがあります。

それは、

「今、この場が救いのど真ん中」

ということが伝わってくることです。

そんな庄松さんの言動を通して、

ブログを見ている私たちも、

阿弥陀さまのお救いのはたらきのど真ん中なんだ!

そう気付かされるところであります。

「南無阿弥陀仏」となって私といつもご一緒の阿弥陀さま

「おらは非常に有り難かった。彼方にも南無阿弥陀仏。此方にも南無阿弥陀仏。実に有り難かった。それではこの辺りには南無阿弥陀仏より他に有難い話のあるところなのか。おらは南無阿弥陀仏より他は何もない」

讃岐の西の方のお同行さんが法座を開こうと思い、籠で庄松さんを招かれた時のお話です。
その晩のお勤めに『正信念仏偈』が読まれました。すると、庄松さんは『正信念仏偈』が終わると鐘を打ちながら「何ともない、何ともない」と言い出しました。他の言葉は何も言おうとしません。多くの人は何か有難いことを話すかと、待っていたのですが、一言もないので、あてがはずれ、小言を言いながらみんな帰ってしまいました。
主人が怒って、庄松さんに不足を言うと、庄松さんは「何を言う。今夜有難い話があったではないか」と返したので、主人は「何もない」と重ねて不足を言うと、庄松さんは「おらは非常に有り難かった。彼方にも南無阿弥陀仏。此方にも南無阿弥陀仏。実に有り難かった。それではこの辺りには南無阿弥陀仏より他に有難い話のあるところなのか。おらは南無阿弥陀仏より他は何もない」と言われました。

今、「なんまんだぶ」と聞こえてくる現実を恵まれております。

私の口を通して出てくる「なんまんだぶ」の一つひとつが、「かならず救う」という阿弥陀さまのさとりのすがたそのものであり、私を導こうとされている阿弥陀さまのおはたらきそのものであります。

つまり、私がお念仏を称え、お念仏を聞かせていただいているままが、阿弥陀さまのはたらきが私に届いている証拠とも言えます。

そのお念仏の御心について、原口針水和上さまの詠まれた一つの歌があります。

われとなえ われきくなれど なもあみだ
つれてゆくぞの おやのよびごえ

管理人の私自身、お念仏の聞こえる環境が当たり前のように育ってきました。

それどころか、お念仏を称えることが面倒に感じることも多々ありました^^;

しかし、浄土真宗のみ教えを聞かせていただいているうちに、いつの間にやら「当たり前じゃなく尊いことなんだなぁ」と思う心をいただいておりました。

面倒に感じていた私を、尊く感じさせるほどに、阿弥陀さまのお育てをいただいていたんですね。

今は、庄松さんが「南無阿弥陀仏より他は何もない」と言い切られたことに深い感銘を受けます。

「念仏を称えている環境が尊い」どころか、「念仏以外何もない」、その念仏が届いているよろこびのままを、鐘を打ちながら「なんともない、なんともない」とあらわさずにおれなかった庄松さんであります。

当たり前のようになっている、お念仏の一つひとつから阿弥陀さまの御心を味わえるのであります。

「いつも阿弥陀さまがご一緒してくださるんだ!」

そのような、すくいの真っ只中にいる安心を感じさせていただける。

それほどまでに素晴らしい南無阿弥陀仏を当たり前のようにいただいている、救いのど真ん中にいさせていただくよろこびをみなさまと一緒に感じられる心豊かな生涯を送っていきたいものであります。

もう、救われているんです!阿弥陀さまのお救いの真っ只中なんです!

次の話では、「今、すくわれている」だから、「参る場所は浄土ただ一つ」という庄松さんの力強さを感じます。

「お前らはよく見ておけ。おらはそんな処に用がないで見ぬ。正覚成就のうえは、もう縁が切れておる」

丸亀市塩屋別院では、寶物を土用干している時に『往生要集』の絵を人々に公開していました。庄松さんもたくさんの人とともに行ったのですが、他の人々は立ち止まって拝んでいたが、庄松さんは振り向きもせず通り過ぎるので、他の人々が「拝まぬか」と言うと、庄松さんは「お前らはよく見ておけ。おらはそんな処に用がないで見ぬ。正覚成就のうえは、もう縁が切れておる」と言われました。

『往生要集』とは、七高僧の源信和尚という方が書かれた書物であります。

日本で伝わっている地獄の様子は、この『往生要集』の影響を強く受けております。

ゆえに、おそらく今回の話に出てくる絵は「地獄」の描写でありましょう。

目の前に「地獄」をあらわした絵があれば、私なんかは立ち止まってジーっと見つめてしまいそうですが、

庄松さんは「もう縁が切れておる」と、その絵を無視しました。

「地獄に用はない。往くところは浄土一つ!」

そのような絶対の確信が伝わってきますね。

これこそ、「すくわれる」ではなく、「すくわれている」すがたですよね。

すでに阿弥陀さまのすくいの中にいる。決して迷うことはない。

そのような感情が自然と起こってくるのが浄土真宗を聞かせていただく念仏者のすがたであり、すくわれている安心であるように思います。

次の話では、庄松さんにとっての死とは何なのか?

非常にわかりやすく、「すくわれているんだ」という安心感が伝わってくるお話です。

「どこに居ても、寝ている所が、極楽の次の間じゃ」

庄松さんが香川郡笠居村佐料にて病気になっていた時、親族や同行たちが、庄松さんを籠に乗せて、土居村の庄松さんの家まで送り、皆が「家へ戻ってきたから、安心をして御慈悲をよろこべ」というと、庄松さんは「どこに居ても、寝ている所が、極楽の次の間じゃ」と言われました。

「最後は家でいのちを終えていきたい」

そのような言葉を、お参りでよく耳にします。

確かに、いのちを終えるときに知らない場所や、窮屈な病室でいのちを終えるのではなく、最後は、自分の慣れ親しみ多くの思い出がある「自分の家」に帰りたいというのが、一般的な感情であるように思われます。

いのちを終えていくときに、周囲に知らない看護士さんに囲まれていたら、「自分の死を待たれている」ような気持ちになりそうですよね。

やはり現世への執着は無くならないですね。死に場所を決めようとする程に、今生きている世界へ執着し続ける。

そんな私は、臨終間近になったら、「お浄土に参らせていただく」という気持ちは忘れてしまうのかも知れません。

それどころか、仏教のことも、家族のことも、何もかも忘れていくんでしょうね。その時、独りで死んでいくことを実感するのかも知れません。

そんな、悲しみの私を、

独りにせんぞ!かならず導く!」と、

はたらき続けておられる阿弥陀さまであります。

その阿弥陀さまにすくわれているから安心できるという気持ちのままが、庄松さんの「どこに居ても、寝ている所が、極楽の次の間じゃ」という言葉から知らされます。

お浄土に参らせていただくことに全く疑うことなく、阿弥陀さまに抱かれているよろこびのまま念仏称える人生を歩む庄松さんの姿勢が窺われます。

そのような庄松さんの安心は、次の話で、より明確に示されております。

「ここはまだ娑婆か」

庄松さんが同行たちと京都の本山にお参りに行きました。その帰りに大阪より船に乗っていましたが、船が播磨灘へかかると、思いがけない暴風雨となり、船は木の葉の如く浮き沈みしつつ、今や海の藻屑とならんとする勢いでした。
同行たちは、日頃の信心はどこへいってしまったのか。「南無金比羅大権現、今しばし波を穏やかになしたまえ」と拍子を打って救いを求めたりと、大混乱になりました。庄松さんが一人で船底にていびきをかきながら寝ているので、あまりの度胸に不審を抱き、庄松さんをゆすり起こして、「同行起きんか九死一生の場合じゃ、吞気にも程がある」と声をかけると、庄松さんは「ここはまだ娑婆か」と言われました。

みなさまは経験されたことがあるでしょうか?

ちなみに、私はありません。

九死に一生の、絶体絶命な時、諦めがつくような状況ならば、冷静に物事を考えられるかも知れませんが、きっと、今回の話のような場面になったら、それどころではないでしょうね。

庄松さんと一緒におられた同行たちのように、つい祈りたくなるような気持ちになるかも知れません。

でも、庄松さんは、そうではありませんでした。

死への恐れが全くないような様子で、「ここはまだ娑婆か」と言われております。

阿弥陀さまに出遇わせていただいたものにとって、いのちを終えていくことはむなしい滅びではありません。お浄土に往生させていただくことであります。

今回の庄松さんの言葉のようにはなれなくとも、私を見捨てない仏の心を、命終えていくその時に感じさせてくれる。

それが、救いの中にいるということでしょう。

いついのちを終えても大丈夫!絶対の安心が届いておる!!

「有難い、有難い」

庄松さんの友人が長い間病気にかかり、もう命を終えようとする時のお話です。
友人の息子が、親のお浄土参りに誤りがあってはいけないと、お寺の住職に相談すると、「早速行きてやる」と言ってくれました。息子がよろこんで帰ったところ、庄松さんがやってきたのですが、友人のそばへ行かず、コタツに足を入れて寝始めました。やがて住職がやってきて、友人の枕元で話を聞きました。
友人「私は先がくらい」
住職「かほどまでよろこんであるものが、先がくらいとは」
そう思っているところに、庄松さんが友人の元に来て、両手を打ちながら「有難い、有難い」と踊るので、他の人々が「何が有難い」と言うと、友人は両目を開き、庄松さんを見つめながら、「庄松はんか、我は先がくらけれど、若不生者の御誓いがあるで有難い」と、庄松さんはその言葉を聞いて、「そうじゃそうじゃ」とよろこばれました。

 まさに、終えていくいのちではなく、「生まれ往く」いのちであるということに疑いのない今回のやりとりですよね。

普通なら、今回の庄松さんと同じ行動をすれば怒られるどころの騒ぎではないでしょう。

世間一般の言葉で、「不謹慎」と周囲の方々に責められるはずです。

しかし庄松さんは、当たり前のように、「有難い、有難い」と言われました。

私は、この庄松さんの行動に、友人に対する優しさを感じます。

いのち終えようとする者に余計な説得をするのではなく、「有難い、有難い」と、ともによろこんでいた事を思い出させる。いのち終えようとする時に、余計な言葉は耳障りだと思います。

しかし、
一緒に参らせていただくお浄土があってよかったな、有難い、有難い」という庄松さんのメッセージが友人に届いたままが、
庄松はんか、我は先がくらけれど、若不生者の御誓いがあるで有難い」という友人の言葉になりました。

まさに、臨終勤行(世間で言うところの枕経)の境地であります。

決して悲しみの場ではありません。

救いの中にいる現実を知らされる場であります。

合掌

みなさまの優しいシェアをありがとうございますm(__)m